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スピリチュアリズムの叡智を持つことでの人生への影響

私の性格は新しもの好きで、チャレンジ精神が旺盛であり、時にそれが仇となって痛い目にもたくさんあってきた。また特段これといってやりたい事があったわけでもなく、私の人生は決して人に自慢できるようなものではない。

そんな私も年齢を重ね、後に現世の私たちの魂の生き方を解く哲学(フィロソフィー)に出会った時は、自分がそれまで日々の生活の中であれこれ考え、感じていたものがピタリと一致し、何とも腑に落ちるものがあった。私が求めていたのは、精神論や心理学、神学、宗教などでははなく、スピリチュアリズムだったことに気づいた瞬間だった。

そしてフィロソフィーを学ぶべき時期に自然とその道に出会っていることが今になって理解できる。この年齢で出会ったのは、それまでの日々の生活における経験や学び、そこからの気づきが必要だったからのようだ。仮に20代の時に出会っていたとしても、きっと素通りしていたか、オカルト的なものに結びつけていたかもしれない。フィロソフィーを学ぶにも、人それぞれ時期と言うものがあり、それは霊界側がちゃんと承知している。

スピリチュアリズムの叡智を持てば、人生において一番大切なこととは、何か大きな事を成し遂げることでもなく、有名になったりお金をたくさん稼ぐことでもなく、良い暮らし(物質的に恵まれた暮らし)を得ることでも、立派な企業で働くことでもなく、日々の暮らしの中での色々な経験を通しての気づきにこそ意味があるという事が見えてくる。

人間の本質は「魂」。死を迎え、肉体は消滅しても魂は存続する。

スピリチュアリズムは、これら霊界の真実を含んだ魂の道程を教えてくれる。

誰もが神から授かった「神性」を宿していることを知り、その神性を宿した魂の向上の道が永遠に与えられている。私はこのスピリチュアリズムの叡智を持つことで、神頼みや現世利益を求める事は無くなり、自分主体で人生を考えるようになった。それは地に足の着いたとても現実的な生き方であると思う。

また人や物事に対する見方が今までの一方方向からのものではなく、多角的な視点、魂の視点から物事を捉えるようになった。そのことで、自分に起きる困難や苦難をただ嘆いたり、因縁めいた事に結びつけて考えることは無くなった。結果、目の前の困難が乗り越えやすくなり、時にはその出来事にさえ感謝できるようになった。

スピリチュアリズムの叡智は、魂の永遠の向上、霊的世界の存在、霊界の愛ある見守りを知ることであり、狭かった視野を広げ、今生を明るく照らし、前進する活力を与えてくれる。

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