• Chinatsu

はじめまして、千奈津です

今回は自己紹介を兼ね、私が何故この道に進むことになったのか、振り返って少しお話させて頂こうと思います。

私は幼少の頃から、目に見えない存在を信じており、いつもどこかで「お天道様が見ている」と思って過ごしてきました。また大自然の中に行くと、綺麗だなと思う反面、背筋が凍り、その場にひれ伏してしまうような畏敬の念を感じる少し変わった子供でした。なぜそのように思うのか自分でも分かりません。

また、日常生活から湧いてくる疑問に対してあれこれと探求し、無意識ですが考えを巡らす癖があります。

今でもそれは飽きずに続いています。

人並みに生活を送っていた20代後半、よくある話ですが、当時付き合っていた彼との恋愛がうまくいかず、モヤモヤしていた時期が続いていました。或る日、なんの目的もなくふらっと立ち寄った本屋で、たまたま目にした本があり、題名は定かではありませんが『現代人にも分かりやすく説いた仏教…』というようなタイトルだったと思います。「仏教とはよく耳にするけど、一体何を教えてるんだ?」と、少し斜めに構えた感じでその本を手に取り、パラパラと読んでみると、そこにはモヤモヤした心の原因が書いてありました。「これかぁ!」と思うと同時に、こんな大切なこと、学校でも家でも教えくれなかったな…と思ったのを今でも覚えています。

そしてその仏教の教えから「心」というものについて徐々に知るようになり、「キリスト教とは…」「なぜ宗教戦争が起きるのか…」と私の探究心が広がっていきました。

30代、ひょんな事からアメリカのロサンゼルスに移り住み、一つの地域に居ながら様々な人種の色々なバックグラウンドを背負った人たちと生活することになります。

そこでの生活を通して出会ったのが、『シルバーバーチの霊訓』でした。

この本を読んだ時、幼少のころから無意識に続けている人生哲学とでも言うべきか、自分の心で感じてきた事と、その本に書かれている内容が合致し、全てが腑に落ちる感覚を覚えました。そして、人の心・魂を通して、「人生」というものを俯瞰して考えるようになりました。

40代、「何か自分で仕事がしたい…その仕事を通して人の役に立ちたい。」と思うようになり、起業する道を模索していましたが、どうも情熱を傾けられるような何かが見つかりません。これでは起業したところですぐ駄目になってしまう…と悶々としていた時、同僚から一冊の本を手渡されました。

「これ読んでみて。」と渡されたのは、山村幸夫さんの『神からのギフト』でした。

この本との出会いをきっかけに、現在のスピリチュアリズムの精神と哲学を学び、実践する道へと進んで行きます。私にとってこの道を選択することは、不思議と何の迷いや不安、葛藤がない自然な流れでした。

私の人生を振り返ってみると、長い年月をかけ、本との出会やそこからの導きにより、今にたどり着いたことが分かります。また、これまでの人生において、身内や知人、幼なじみの死、自ら命を断った人の死の瞬間とそこに居合わせた家族を同時に目の当たりにしたことなど、人の人生の最後を見なければならない場面がありました。しかしその経験は同時に、「生」と「死」というものを真っ正面から見つめるきっかけにもなりました。

どのような場面に遭遇しても、感情に押し潰されずにすんだのは、本からの教えや経験からの気づきにより、

物質的な視点ではなく「魂の視点」で物事を観れたお陰だと思っています。

これからも沢山の気づきを得てゆくことでしょう。それを皆さんとも共有し、必要とあらば、其々が限りある人生を自ら輝かせ歩んでいけるよう、何かお手伝いすることができれば嬉しい限りです。またその為なら、私の肩書きは何でも良いと思っています。

最後に、幼少の頃、漠然と思っていた「お天道様が見ている」とは、自分自身、つまり自分の魂に宿る神性がいつも観ている…と言うことに気がつきました。


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